「なんか、つらい」「すごく好き」「ヤバい」
気持ちを伝えようとして、結局いつもの一言しか出てこなかったことはありませんか?
頭の中にはもっと細かい感情があるのに、口に出すと平べったい言葉になる。相手には「そうなんだ」で流されて、胸のあたりにもやもやだけが残る。
このもどかしさへの答えを、約1300年前の人たちはもう持っていました。
日本最古の歌集『万葉集』に残る「たとえ(比喩)」の技術です。
この記事では、文芸評論家・三宅香帆さんの書籍『言葉にできない想いは、どうしたら伝えられるだろう。悩める大人に贈る万葉集』(亜紀書房)で紹介されている歌をもとに、気持ちを伝わる形にするコツをまとめました。今日から試せる3ステップと、LINEや会話でそのまま使える作例もつけています。
・LINEやメッセージで、感謝や好意をもう一歩深く伝えたい方
・相手の話に、気の利いた返しができるようになりたい方
・万葉集の歌を、暮らしに役立つ形で知りたい方
「つらい」「好き」だけでは気持ちが伝わりきらない
「つらい」という言葉には、疲れ・悔しさ・寂しさ・焦りなど、まったく別の感情が同じ箱に詰め込まれています。言った本人は中身を知っていても、聞く側に届くのは箱のラベルだけです。
たとえば「仕事がつらい」と打ち明けたとき、相手が思い浮かべるのは残業続きの疲れかもしれません。本当は誰にも気づかれない努力が報われない寂しさだったとしても、そこまでは届きません。
ラベルを貼り替えるのではなく、箱の中身を見せる。そのための道具が「たとえ」です。

「やばい」「すごい」で一日が終わった夜、本当はもっと言いたかったことがあった気がする。そんなもやもや、ありませんか?
万葉集はどんな歌集?1300年前の歌が今も刺さる理由
万葉集は、7世紀後半から8世紀の歌を中心に、約4,500首を全20巻に収めた日本最古の歌集です。天皇や貴族だけでなく、防人と呼ばれた兵士や、名前の残っていない庶民の歌まで入っています。
巻三や巻七などには「譬喩歌」、つまりたとえを使った歌という分類まで設けられています。気持ちを景色や物に重ねて詠むことは、当時の歌人にとって大切な腕の見せどころでした。
身分も時代も違う人の歌なのに、読むとふっと笑えたり、しみじみしたりする。三宅さんは、この時代を越えた共感にこそ古典を読むおもしろさがあると語っています。
令和の出典になった梅の宴の、名残惜しい最後の一首
2019年に決まった元号「令和」は、巻五の「梅花の歌三十二首」の序文から取られました。
730年(天平2年)、大宰府の長官だった大伴旅人の屋敷で開かれた宴で、集まった人が1首ずつ詠んだ歌です。
霞立つ 長き春日を かざせれど いやなつかしき 梅の花かも
(巻五・八四六 小野氏淡理)
32首の最後に置かれたこの歌の「かざす」は、花を髪に挿して飾ること。霞のかかった長い春の一日、梅を髪に飾って楽しんだのにまだ心ひかれてしまうという意味です。
書籍では、宴が終わってしまうのを惜しむ気持ちが込められた歌として紹介されています。楽しい飲み会がお開きになる瞬間の名残惜しさと、ぴたりと重なる読み方です。

楽しい集まりの帰り道、「もう少しだけ話したかったな」と思うあの感じ。1300年前の人も同じ気持ちで梅を見ていたと思うと、急に親近感が湧きます。
「風流」は今でいう「映え」「エモい」
古典の授業で出てくる「風流」という言葉は、どこか堅くて遠い響きがあります。書籍では、これを「映え」や「エモい」に言い換える読み方が紹介されています。

「風流」と言われると身構えてしまいますが、「エモい」なら毎日のように使っている方もいて、身近に感じませんか?
言葉にできない気持ちは「たとえ」で運ぶ
感情は目に見えません。そこで人は、目に見える景色や物に気持ちを重ねて、相手の頭の中に同じ映像を描いてもらう方法を編み出しました。これが比喩(メタファー)です。
景色に包んだ気持ちは、1300年たった今の読み手にも、手ざわりを残したまま届く、まさに「感情のタイムカプセル」と言えるでしょう。

秋の山を流れる水にたとえた「私のほうが想っている」
秋山の 木の下隠り 行く水の 我こそ益さめ 思ほすよりは
(巻二・九二 鏡王女)
秋の山で、木々の下に隠れるように流れていく水。表からは見えないけれど、その水かさは増していきます。同じように、あなたが思ってくださるよりも私の想いのほうがまさっている、という恋の歌です。
「私のほうが好き」と言い切るだけなら一瞬で済みます。そこに「見えないところで増えていく水」を添えると、口に出さずに育ってきた時間の長さや、静かな強さまで伝わります。

ただの「大好き」より、ずっと重みが出ます。表に出さないぶん深い、という人柄まで透けて見えるのが魅力ですね。
茂みに咲く姫百合にたとえた「気づかれない恋」
夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の 知らえぬ恋は 苦しきものそ
(巻八・一五〇〇 大伴坂上郎女)
夏草が生い茂る野原で、茂みに埋もれるように咲く小さな姫百合。誰にも見つけてもらえないその花のように、相手に知られない恋は苦しいものだ、と詠んでいます。
姫百合は、赤やオレンジの鮮やかな花を咲かせるユリです。色は目立つのに、周りの草に隠れて誰の目にも留まらない。この対比が「こんなに想っているのに届かない」切なさを、説明なしで伝えてくれます。
詠んだ大伴坂上郎女は、万葉集の女性歌人のなかで最も多くの歌が収められている人物です。

「片思いがつらい」と書くより、茂みの奥で咲く花を思い浮かべるほうが、じんときませんか。
相手の言葉を受けて、たとえを「返す」技術
さきほどの鏡王女の歌には、前段があります。天智天皇が先に贈った歌への「返事」なのです。
妹が家も 継ぎて見ましを 大和なる 大島の嶺に 家もあらましを
(巻二・九一 天智天皇)
「あなたの家をいつも見ていられたらいいのに。大和の大島の峰に、私の家があったらなあ」。山の頂上から見下ろすという発想の歌です。
これに対して鏡王女は、山の上ではなく「木の下を隠れて流れる水」、つまり山の低いところを持ち出しました。書籍では、頂上に対して谷底を置いたこの返し方に、詠み手の教養と頭の回転の速さが表れていると読み解かれています。
| 歌 | 詠んだ人 | 使ったイメージ | 山のどこ? |
|---|---|---|---|
| 巻二・九一 | 天智天皇 | 大島の嶺に建てた家 | 頂上 |
| 巻二・九二 | 鏡王女 | 木の下を隠れて流れる水 | 谷底 |
相手の使ったイメージを受け取り、少しずらして返す。現代の会話でいえば、相手のたとえに乗っかって「それなら私は〜」と続けるやりとりです。

LINEで相手が使った言葉に同じノリで返すと、会話が弾みますよね。1300年前の恋のやりとりも、それに近い「掛け合い」だったんです。
今日からできる、気持ちを「たとえ」にする3ステップ
歌を詠まなくても、たとえの技術は日常のLINEや会話で使えます。手順は3つだけです。

いつもの言葉を書き出して聞き返す
まずは「つらい」「うれしい」「好き」など、ふだん使う言葉で構いません。スマホのメモに書き出してください。
次に、その言葉に「どんなふうに?」と1回だけ聞き返します。「つらい」なら重たいのか冷たいのか、それともじりじり焦げつくのか。体の感覚で答えるのがコツです。
その感覚に近い景色や物を1つ選ぶ
「重たい」なら水を吸った洗濯物、「冷たい」なら誰もいない朝の駅のホーム、「焦げつく」なら火にかけたまま忘れたフライパン。鏡王女が水を、大伴坂上郎女が姫百合を選んだように、目に浮かぶものを1つ選んでみてください。
相手も知っているものに寄せる
選んだものが相手に思い浮かばなければ、どれだけ美しいたとえでも伝わりません。「たとえ」として選んだものを、相手も見たことがあるものや、二人とも知っている場面に寄せて仕上げましょう。
同じ職場の人なら「月曜朝の満員電車」、家族なら「いつも行くスーパーの閉店間際」。共通の場面を使うと、たとえが一気に具体的になります。
作例:いつもの言葉をたとえに置き換える
| 場面 | いつもの言葉 | たとえを使った言い方 |
|---|---|---|
| 仕事で疲れた日 | 今日つらかった | 今日は、雨に濡れたコートを一日中着ていた感じ |
| 友人への感謝 | ありがとう、助かる | 真冬に自販機のあったかいお茶を見つけたくらい助かった |
| 楽しい集まりの帰り | 楽しかった | 閉店の音楽が流れても、まだ席を立ちたくなかった |
| 同僚への励まし | 大変だったね | 月曜朝の満員電車を、一週間ずっと乗り続けたような忙しさだったね |
| 家族へのお礼 | いつもありがとう | 閉店間際のスーパーで、最後の1パックが残っていたくらいうれしかった |

最初から上手なたとえを探さなくても平気です。「〜みたいな感じ」と口に出すと、相手から「どういうこと?」と聞き返してもらいやすくなります。
よくある質問
たとえを使うと、大げさやキザに思われませんか?
1回の会話で1つまでにしておくと、自然に聞こえやすくなります。ふだんの言葉のあとに「〜みたいな感じ」と軽く添える形なら、温度も上がりすぎません。
仕事のメールやチャットでも使えますか?
社外の相手や謝罪の場面では、たとえより事実を先に書いてください。社内の感謝やねぎらいの一言に添える使い方なら、取り入れやすいはずです。
万葉集を読んでみたいのですが、どこから始めればいいですか?
約4,500首を頭から読むのは大変なので、解説つきの入門書から入るのがおススメです。この記事で紹介した三宅香帆さんの『言葉にできない想いは、どうしたら伝えられるだろう。悩める大人に贈る万葉集』は、副題のとおり大人の悩みや気持ちに寄せて歌を読み解いた1冊です。
スマホで気軽に読みたい方は、電子書籍ストアで古典の入門書を探してみるのも手です。250,000冊以上の取り揃え!【DMMブックス】![]()
まとめ
- 「つらい」「好き」は箱のラベル。中身まで伝えるには、たとえで質感を見せる
- 万葉集には「譬喩歌」という分類があるほど、たとえが大切にされていた
- 鏡王女は「隠れて流れる水」、大伴坂上郎女は「茂みの姫百合」で、言い切りでは届かない恋心を伝えた
- 相手のたとえを受け取り、ずらして返すと会話が深まる(山の頂上に対して谷の水)
- 実践は「言葉を聞き返す→近い景色を選ぶ→相手も知っているものに寄せる」の3ステップ
今日だれかに「ありがとう」を言うとき、ひとつだけ「〜みたいに」を添えてみてください。
りんねのひとこと

1300年前の人も、言いたいことがうまく言えずにもどかしい思いをしていたんですね。そう思うと、語彙の少なさを責める気持ちが少し軽くなりませんか。まずは「やばい」の代わりに、ひとつだけたとえを探すところから始めてみましょう。
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